壁訴訟
宝暦9年の著。ある宿場の町役人から三島宿の町役人に宛てた手紙を、旅の巡礼僧が下書きしたもの。三島代官伊奈半左衛門の善政をたたえ、その留任を願い、あわせて当宿場(原宿か)もその御支配下にしていただきたい、という内容であるが、ここで注目すべきは各地での一揆についての記述である。
聚斂私曲の役人が非道に百姓から絞り取るので、追いつめられた百姓は、死を覚悟して蜂起し城を取り囲む。策につまった当局者は、ひそかに寺院の住侶を使って懐柔策に出る。和尚が弁舌たくみに百姓をだましすかすと、百姓たちも安心して引き下がる。騒ぎが鎮静化したころ、密偵をはなって首謀者を一網打尽にし極刑に処する。まことに因果も情けも知らぬ仕打ちである、などと記す。
「壁訴訟」とは「訴えようがないので、壁にむかって一人でぶつぶつ苦情をいうこと」であり「遠まわしにあてこすること」でもある。短い文章ではあるが、一揆の弾圧に協力する寺院の実態に対する強い怒り、伊奈氏のような仁政を広く実践して欲しいという強い願いがこめられた一篇である。