八重葎 巻之二 延命十句経霊験記
宝暦9年(1759)の著。 大病で瀕死の状態にあった者や、ひとたび絶死したものが、観音経や、特に延命十句経を受持していた功徳によって蘇生し、あるいは地獄から生還して、地獄での見聞をつぶさに語る、といった内容の、10いくつかの和漢のエピソードがおさめられている。白隠禅師はきわめて熱心に延命十句経の普及につとめたが、本書の第一の目的は、これらの物語りを方便として、人々に延命十句経の功徳を教え、これを受持させることであった。
いくつもの蘇生譚・霊験譚をくどくどと語り終えた後、最後になって禅師は、「これまで話して来たことはすべて絵空事で、取るに足らぬものである」と、一転してこれを否定する。そして、実はもっとありがたい大霊験がある、それは丹田に気をこらし坐禅工夫し、とにかく見性することである、と勧める。そして、一旦見性した曉には、決してその悟りに安住するのではなく、さらに「上求菩提、下化衆生」の、永遠の「悟後の修行」をせよと勧める。ここに、本書を著わした禅師の真の意図がある。
一見したところ、伝統的な因縁話、地獄話のようではあるが、禅師が真の上士に求めているのは、あくまで「菩提心」「四弘誓願」「利他行」といった菩薩道のテーマに他ならないのである。