布鼓
全5巻、宝暦3年刊。和漢の因果物語二十三話をおさめる。因果応報を説き勧善懲悪を示した、唱導文学作品である。近世に入って、仏教各宗派においてはこの種の仏教文学が大いに展開されたが、臨済禅においてはほとんど見られない。『布鼓』はその代表ともいうべきものである。
ここに収録される物語は、単なる因果物語でも怪談ではなく、不孝の行ないによって悪果をこうむることがテーマになっている。不孝をテーマにしたものは、すでに白隠より先に、井原西鶴の『本朝二十不孝』(1687)がある。
白隠は、西鶴のこの本の中から「善悪の二つ車、広島に色狂ひの棒組屋」という物語を取り上げ翻案して、この書におさめているが、その文学的表現の豊かさにおいて、はるかに前者を上回っていると言っても過言ではない。登場人物の業の深さ、悪玉ぶり、嫌らしさを、あますことなく表現し尽くしているのである。このほか、さまざまな悪女が登場するが、その描写には、表現者白隠の面目躍如たるものがある。
また、他の物語でも、『伊勢物語』などの古典を下敷きにした構成、そして、随処に挿入されている五七の「道行調」の表現などが見られる。後者の技巧はきわめて効果的で、江戸期の読者は知らず識らずのうちに、浄瑠璃の語りを聞いているような臨場感を味わったことであろう。