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関連論文:『画賛解釈についての疑問』 |
【第3回】 「祥鱗」
六代祖師図の内、五祖大満禅師像賛 ([31]、93頁、西礀士曇賛、妙心寺蔵) 註釈者不明 黄梅縣裏沒親爺、佛性倶空自到家。 七百祥鱗倶點額、誰知碓觜夜生花。 『禅林画賛』では「祥鱗」を「祥麟」と改め、註に「めでたい しかし、右に見るように字体はあきらかに「鱗」である。恣意によって改めてはなるまい。それに、そもそも王者の祥瑞である麒麟が一時に七百も出現するということはない。そして、ここでは「點額」とあり、これは龍門の瀧を登りそこねた鯉が落ちて額を打つこと、いわゆる登龍門の事にかかわる語であるのだから「鱗」でなければならぬ。「金鱗點額」「錦鱗點額」の語もあるが、「祥鱗」は「金鱗」「銀鱗」と同じで、「瀧を登って龍になり得る素質を本来そなえた鯉」の意である。 「七百」は註で言うように「黄梅七百高僧」のこと。五祖弘忍が住した黄梅山には、神秀をはじめとして七百余人ものすぐれた弟子(祥鱗)がいたのに、誰一人として師の五祖の意にかなう偈を作ることはできなかった、すべて落第(點額)であった。そしてただ一人、米搗き小屋で働いていた寺男の六祖が合格したのである、と。 だから、四句目で、六祖のような一文不知の行者の偈が合格したことは「夜中に碓觜に花が開く」ように希有なことだ、と言うのである。「碓觜、夜に花を生ずる」は、石碓に花が咲くように希有なことである。「夜」は「昨夜三更」などというように、神秘不可思議なることが起こる時間をも表現している。 初出『禅文化研究所紀要 第25号』(禅文化研究所、2000年)
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