ホーム > 研究室 > 五山文学研究室 > 関連論文 > 画賛解釈 (目次) > おわりに

研究室  


五山文学研究室

関連論文:『画賛解釈についての疑問』


■おわりに

 以上、『禅林画賛』の解釈を見て疑問を感じたものの中から、ほぼ半分弱を検討して見た。この他にも、例えば国宝である「瓢鮎図」には三十ほどの賛詩がつけられているが、この解釈についても、筆者は異見がある。

 また、「和習」「生硬」「未熟」といった批判は、ここで取り上げた以外にもかなり多くあるのだが、果たして、その批判は正当なものであろうかという強い疑いが残る。けれども、これに検討を加え、いちいち反証をあげるためには、典拠をただし、他の用例を捜索せねばならず、かなりの労力を要する。

 五山文学は学界の孤児扱いされている、と言われるそうである。けれども、以上の例を見れば、五山の詩文は、孤児扱いどころか、随分粗暴に取り扱われ、不当に虐待されているのではないかという感すら禁じ得ないのである(五山文学を児童に比するのには抵抗があるが)

 「とくに像賛・題詩のすぐれたもの……を厳選、収録した」(凡例)はずであるのに、解釈に見える評価がこうまでも否定的であるのは、どうしたわけであろうか。

 本書『禅林画賛』では、註釈者が誰であるのか、必ずしも明確ではない。この小論で取り上げた中でも、註釈者の名前が明記されているのは【第25回】【第26回】のみである。その他は、どなたの責任において註釈されたものなのであろうか。

 思うに、本書の監修者である入矢義高氏のお考えによるところが大きいのではないか。氏は常に日本人の漢文における「和習」を厳しく摘出しておられたし、ここの註釈においても随処に氏に独自の見解が披瀝されている。それに、袈裟斬りのような斬り口を次々見るに、とても常人にできる技ではないとも思う。

 入矢氏は「五山文学私観」という講演録(『入矢義高先生追悼文集』所収、2000年3月、諸研究会連合編)の中で「日本の中世美術を研究している東京のグループ[五山文学会]の方々の要請で、……毎月一回、東京へ参りまして五山文学について話をさせられてきたというわけです」と、自ら語っておられるが、これが本書の発端であると聞いている。

 また、本書の執筆者の一人からお伺いしたところによれば、成稿した註釈は逐一、入矢氏の点検を受け、真っ赤に朱が入れられたという。

 筆者は五山文学を専門にするものではない。誤りも多いことであろう。ただ、五山の詩文が、眩暈を起こしそうなまでにとてつもない教養の上に成り立ったものであり、うかつには近づけぬ恐ろしいものであるということだけは分かっているつもりである。

 できることならば、敬して遠ざかっている方がよい、そう考えてきたが、しかし、古人の残された詩偈を、その時代に即して解し、いささかでもその真意に近づいてみたいと思う気持は、却って力量に反比例して強く、そのために、図らずも蟷螂の斧をあげて異見を述べざるを得ない仕儀と相なった次第である。誤りについては、容赦なく忌憚のないご批判を乞う。

 本書に収録された画軸は一級品ばかりである。国宝・重要文化財・重要美術品などに指定され、尊重され保存されて来たことは、日本文化にとってまことに慶賀すべきことと思う。しかしながら、物として貴ばれる反面、そこに盛り込まれた精神をくみ取り理解する努力が十分なされて来たのかどうか、はなはだ疑問に思うのである。

 そういう点において、本書『禅林画賛』が企てられた趣旨は、まことに貴重なものと思う。賛は「その画を観た同時代者によって発せられた最初の言葉、最初の証言」であるし、時には、画と詩とはその根を同じくすることもある。画は「無声句」であり、詩はまた「有声画」である。禅林美術に秘められた中世日本の精神を、画と賛の両面から読み解いていくために、今後さらに異分野間の協力が一層要請されているのである。

《主要参考文献》
『江湖風月集略註』東陽英朝撰、延寳五年版
『欠伸稿』江月宗玩撰、1992年、龍光院版
『梅花無盡藏』萬里集九撰、『五山文學新集』六(東京大學出版會、1972年)、『續群書類從』338
『翰林五鳳集』大日本佛教全書
『少林無孔笛』東陽英朝撰、寛永六年版
玄圃靈三『玄圃藁』〈写本〉1999年、宗雲寺刊
『荊叢毒蘂』白隱慧鶴撰、寳暦八年序刊
海國寺舊藏『葛藤集』、東京大學史料編纂所藏謄冩本
『空華集』義堂周信撰、『五山文學全集』巻二、思文閣、1973年
『蕉堅稿』絶海中津撰、『五山文學全集』巻二
『禪林方語』、『禪語辭書類聚』一所収、禅文化研究所、1991年
『江湖風月集啓蒙抄』卍室祖价撰、寛文八年版
『錦繡段抄』天隱龍澤編、宇都宮遯齋(由的)撰、萬治四年刊
『續錦繡段』月舟壽桂編、寛永十四年刊
『若木集』此山妙在撰、『五山文學全集』巻二
『隨得集』龍秋周澤撰、『五山文學全集』巻二
『四河入海』太岳周崇・萬里集九・一翰智旭・笑雲清三撰、抄物資料集成、清文堂、1971年
『葛原詩話』六如上人撰、『日本詩話叢書』第四巻所収、鳳出版、1972年
『詩學大成抄』惟高妙安撰、柳田征司編『詩學大成抄の國語學的研究』下、影印編、清文堂、1974年
『中華若木詩抄』新日本古典文學大系、岩波書店、1995年
『禪林句集』東陽英朝編、『定本禪林句集索引』、禅文化研究所、1990年
『五家正宗贊助桀・附索引』無著道忠撰、基本典籍叢刊、禅文化研究所、1991年
『五家正宗贊・附索引』無著道忠撰、基本典籍叢刊、禅文化研究所、1991年
『碧巖録種電抄』大智實統撰、基本典籍叢刊、禅文化研究所、1991年
『諸録俗語解』桂洲道倫、湛堂令椿他撰、芳澤勝弘編注、禅文化研究所、1999年
『虚堂和尚語録・附索引』基本典籍叢刊、禅文化研究所、1990年
『虚堂録犂耕・附索引』無著道忠撰、基本典籍叢刊、禅文化研究所、1990年
『禪林象器箋』無著道忠撰、柳田聖山編、中文出版社
初出『禅文化研究所紀要 第25号』(禅文化研究所、2000年)

ContentsFirstBack
▲page top  


 Last Update: 2003/06/24